飲んだくれ親父の脳脊髄液減少症克服日記

30代後半で脳脊髄液減少症になった親父による発症から治療・完治までの記録。保存的治療による改善経過を中心に記載。

【発症37日目】〜1ヶ月ぶりの検査で即時入院決定〜

 元々一ヶ月前に予定していた検査日。午後から休みをとって病院へ。

 この段階では頭痛もほぼ治まっていたため、念のための確認のみという感覚で受診。脳のMRIを受け診察室へ。

 診察室で呼ばれたのに気づかず、少し遅れて中に入ると、先生がPHSを持ちながら画像を見ている。

 携帯を切った先生から出たのが、冒頭にかかげた言葉。

 「80歳の人の脳です」

 「えっ?」

 「直ちに入院してもらう必要があります。」

 「来週、海外出張が入っているのですが・・・」

 「そんな状態ではありませんよ。脳脊髄液減少症です。このまま放置すると意識障害が起こります。職場の都合とかも色々とあるでしょうが、一刻の猶予もありません。調整した上で明朝9時半に来てください」

 

 脳脊髄液減少症であることは、ネットなどで何となくつかんでいたが、症状が治まっていたので、正直なところ、3日ほどの安静療養で治り、特段問題ないものと思っていた。

 ところが、先生から正常な人と私のMRI画像を見せてもらい、明らかに異常であることが分かる。通常が1だとしたら10くらいの厚さ。一ヶ月前が2か3くらいだとしても、明らかに肥大している。

 診察室を出ても、どうすればよいか分からない。呆然としたまま、会計を済ませたところで、直ちに職場に連絡をせねばと考え、病院を出たところで携帯から連絡をする。

 正直なところ、検査前は入院とは考えていなかったため、職場の誰にも頭痛のことを話していなかった。そんな急な話にもかかわらず、上司や同僚に事情を伝え、直ちに入院期間中の体制を整えていただいた。